まごころケア旭川
旭川あれこれ
武田 明子
朝、水道水の冷たさに秋を感じるようになってまいりました。旭川は例年十月末に初雪を迎えます。そこに向かって徐々に秋が深まっていきます。「旭川」という地名はアイヌ語の「チュプ・ペッ」が語源だという説があります。「チュプ」は「日」「ペッ」は「川」の意味で、「日」を「旭」に置き換えて「旭川」と名付けたのだとか。諸説あるようですが、川の多い緑豊かな街です。時には河川敷に熊が現れて一帯が立ち入り禁止になったなど嬉しくないニュースもありますが、冬になると住宅街でキタキツネを見かけることもあります。当たり前のように自然に取り囲まれて暮らしております。
旭川の自慢(?)は何といっても年間の温度差。明治三十五年にはマイナス四一度、最高気温は令和三年の三七九度。その差は約七九度。
最近は温暖化の影響かマイナス二十度を下回る日数も少なくなりました。とはいえ、最近三十年の平均雪日数は百五一日だとか。やはり北国なのだと改めて実感!
短い夏は盆地特有の暑さが続きます。そんな中でもヘルパーたちは活躍しております。
朝から暑い暑い日に利用者宅に伺うと、外より圧倒的な暑さ。エアコンが暖房になっていたのです。慌てて冷房に切り替えたのですがいつのまにかまた暖房になっていたとか。別のお宅へ入浴介助で伺ったところ、「先日、日当たりのよい外壁でカラスが日光浴をしていたの。」と教えられ、思わずあたりを見回したとのこと。幸いまだ遭遇はしていないと聞き、皆でホッ・・・
これからどんな出来事が待っているか楽しみやら怖いやら。
まごころケア塩釜
日々の活動
千葉まさ子
十数年ほど前から、ヨガの教室に通っております。身体的に動きが悪く痛みがあったためです。整形外科にも通いましたが、なかなか良くならなかったのも理由の一つでした。最初は、足が上がらず、前屈もできません。つま先立ちもできない生徒でした。他の生徒さんたちがきれいに出来ているヨガのポーズをながめているだけでした。
ある日、ヨガの先生がストレッチを始めましょうと「棒」を使った筋膜リリースというストレッチを教えてくださいました。「棒」を静かに上下に動かすことで筋膜を柔らかく解きほぐすことで、筋肉が柔らかくなり関節の可動域が大きくなるというストレッチ法でした。ストレッチの効果なのか、きれいなヨガのポーズまでには至っておりませんが徐々に痛みもなく身体が動くようになってきました。
私が担当する日は、ヨガ教室で教えていただいた軽運動、目の動かし方運動、耳の動かし方運動を利用者さんと楽しみながら活動を行っております。
まごころケア福島
高湯の庭にある足尾神社
石井ゆり子
高湯の里はドライブイン跡地に平成十七年二月、小規模多機能型介護施設が開所され二十年目を迎えようとしてます。
二千三百坪の土地に恵まれ、緑の庭の中に小さな足尾神社があります。
四十年ぐらい前、ドライブインに旅の途中に寄られた方が道中の安全祈願をしていたのだろうと思われます。
開所当時建物の入口柱に大きなわらじがかけられていました。
何年もドライブインは閉鎖され使われていなかったため、そのわらじはあまりに古くて汚れていたので取外されたようです。
足尾神社は、これからも高湯の里にある限り、毎日元気で通って下さ利用者の方々、学童の子どもたち、そして我々スタッフを見守っていることと感謝致します。
まごころケア国見
全国大会を終えて
藤田学
6月に日本ケアシステム協会主催の全国大会の意見交換会に初めて参加させていただきました。一つのテーマごとに話し合い、他のセンターの方々の意見を聞いたり、それぞれの介護に対する思いを聞いたりして、楽しい時間を過ごすことができました。私は宮城県白石市(しろいしし)に住んでおり、高松市までは距離にすると1000キロ程あります。風土、人々の気質、食べ物など多くの物が異なります。しかし遠く離れた場所でも、同じような思いを持ちながら、助け合いに携わっている様子を垣間見ることができ、とても嬉しい気持ちになりました。誰かを思って、その人のために一生懸命になるのは、何処も皆同じですね。今回は初めての四国であり、初めての高松市訪問でした。小豆島に植えられている沢山のオリーブの木、瀬戸内海高松市内の栗林公園など、どの景色も私の目には新鮮に映っていました。また機会があれば、今回見ていない景色を見てみたいと思っています。
現在私は、まごころサービス国見センターで、介護支援専門員として今年の1月から活動しております。福島県で働くのは初めてなので、異なる環境で戸惑うこともありますが、多くの方々に助けていただきながら、楽しく仕事しております。多くの利用者様やご家族様と関わり、その人が何を望んでいるか、どんな形で生活したいかなどを考えることにやりがいを感じています。多くの方々に喜んでいただけるよう仕事に励んでいきたいと思います。
まごころケア国分寺
ボランティアフェスティバルで、 折り紙教室をしました。
センター長 川上 美佐子
国分寺町内のボランティア団体「国分寺町ボランテイア協会」の活動メンバーとして、毎年8月の「ボランティアフェスティバルin国分寺」に折り紙教室で参加しています。太鼓、手話コーラス、大正琴、朗読、絵本の読み聞かせ、手品、吹奏楽、盲導犬との触れ合い、折り紙教室、フリーマーケット、看護師さん達による「まちの保健室」等々町内の方たちとの交流の場となっています。しかし、ここでも高齢化の波が押し寄せ、準備作業やあとかたずけの人数が減り、特に男性の力が必要にもかかわらず、減っております。
何とかしたいと、今年初めて参加者、入場者全員に番号札を渡し、抽選会を試みました。これが功を奏したのか、抽選会がおおいに盛り上がり、たくさんの人が最後までいて下さり、後片付けもスムーズに行えてホッと一息でした。折り紙教室の方ほたるの里は、折り紙を折りに来てくださった子供さんから、毎年楽しみにしている。去年のトトロの折り紙はたくさん家で折って飾っている。今年のペンギンも家でいっぱい作りたい。来年も楽しみにしているから。と言って下さり大変感動しました。
また女性の方で毎年参加くださる方からは、反対にかっこいい怪獣の折り紙の折り方を教わりました。親子の交流、知人と話をしながらの交流。たくさんの方に夢を与えられたかと自負しています。その後、参加したメンバーとの食事会で、自分たちにできることをしていこう。来年も頑張ろうと約束しました。
まごころケアにこにこ三豊
子育てと恵まれた職場環境
藤田証子
今年、日ケアの全国大会が五年ぶりに開催され、久しぶりに交流がで懐かしく感じました。
.私はにこにこ三豊デイサービスで働き始めて十七年を超えました。過去には仙台・札幌岡山松山高松と全国大会に参加し、研修や観光を楽しみました。
今年の全国大会では若い方も多くみられました。とはいっても、介護される方は若年化し、介護する方は高齢化といった現実はかわりません。なぜ若い方が定着しないのか、理由はいろいろありますが、子育てとの両立が難しいと思います。子供が小さい時には、熱が出た、警報が出て休みになった、学校行事な子供の緊急事態が本当に多かった
です。急に休むことで他の職員の負担が増え、大変だと分かっていてもどうしようもなく、頭を下げて帰るしかないのが現状です。私が長く続けられた一番の理由は、上司や職場環境がとても良かった事です。子供小さい頃から土曜、祝日は職場に連れて行き、お手伝いを一緒にさせてもらい、利用者さんとレクリエーションをして過ごしていました。
職場の皆さんに育てられた娘は、今は看護師となり介護現場で働くようになりました。小さい頃からこの仕事にふれていたため、やってみようと思ったのかもしれません。親としては少し嬉しく感じました。育児と仕事の両立は本当に大変です。そのサポートを今度は子育てが終わっ私たちがして、若い方が少しでも働きやすい環境を作ってあげたいと思います。
まごころケア 屋島やすらぎ
デイサービスの夏祭り
五十嵐 美紀
八月十四日から十六日の三日間 で、屋島やすらぎデイサービスの夏 祭りを行いました。
前もって利用者様と職員とで協力 し、お祭りの提灯や水風船などの壁 面飾りを作成し、当日は一人ひとり 法被を着ていただいて、お祭りの雰 囲気づくりを楽しみました。
お祭りの最初は、 一合まいたの曲 をバックに盆踊りをしました。 うち わを片手に自由に踊られ個性あふれ る時間となりました。 ゲーム大会で は、ホワイトボードの円の中心めが けて矢に見立てた磁石を投げるマグ
ネットダーツをしました。 「目が薄 くなったけんできんわー」と言われ つつも皆さん張り切って参加をされ ていました。
お菓子釣りではマスキングテープ を自由に張って作成した袋にお菓子 や折り紙を入れて、準備したものを 使用しました。 利用者様は中身を知 らなかったため釣り上げるたびに中 身を確認し、富士山やバナナの折り 紙に喜ばれていました。
最後に YouTube で秋田県の大曲 花火大会や、新潟県の長岡花火大会 での大きな壮大な花火を見ながら、 夏祭りには欠かすことのできないか き氷や、たこ焼き等、屋台風のおや つを食べました。 「久しぶりやー」
どの方もお祭りの雰囲気を楽しんでいただくことができました。
これからも利用者様の笑顔あふれ るような行事を実施できるよう職員 一同、精一杯努めていきたいと思い ます。

まごころケア西春日
年齢にふさわしい人とは?
笠井 圭介
私事でありますが、筆者は今年六十歳になりました。つまり還暦です。しかし、自分が還暦を迎えたという自覚はほとんどないのですが、これは間違いのない事実なので、認めないわけにはいきません。
還暦について思いだすのは、五十年ほど前に祖父が還暦を迎えたときは、近所の人を集めて還暦の祝いを行っていました。また二十五年ほど前、当時勤めていた会社では、六十歳で定年を迎えた方の送別会を行退職して年金生活を始めていました。そうした過去のことを思うと還暦の認識もずいぶんと変化してい
るなと感じる次第です。
ところで、筆者が還暦の実感がないのに対し、介護現場における利用者様はご自分の年齢に対してどのように思っておられるのでしょうか。関わっている利用者様は六十台後半から百歳に近い方まで様々ですが、やはり「自分はこの年齢(例えば八十歳)になったからこうあらねば「ならない」などと思っているでしょうか?
いえ、おそらくほとんどの方は、自分はそんな老いぼれではない、という認識が強いのではないかと思います。たとえ体力や記憶力が衰えているとしても、自分はまだまだやれる、と思っている方がほとんどではないでしょうか?
ともすれば私たち介護者は、利用者様に対して「おとなしく、みんなから愛されるお年寄り」という理想像を押し付けてしまうことがあるかもしれませんが、そうではなく、その方がどうすれば生き生きと、充実した人生が送れるかを常に考えていきたいと思います。もちろん簡単なことではありませんが、目標に向かっ日々前進していきたいと思います。
