崩壊した我が家の前で呆然とする能登の人を思うと、涙が溢れる。「何という事態か」。報道の映像はリアルすぎて言葉を失う。全長 10 メートルほどもあろうビルが道路に傾いて倒れ、頑丈そうな道路も寸断、家屋の枠組だけが散乱、家具も原型をとどめない。土台だけが残された屋敷跡、汚水が洪水のように流れ込む。恐ろしくて恐怖に慄いて震えている様相が映し出される。

雨は収まったものの、再び襲ってくる恐怖に震えるという。

「仮設住宅に引っ越したばかりで2夜過ごしただけで再び襲われました」

「亡くなった人もいる中で命があるだけでもいいです」

「言葉も涙も枯れました」

「娘が見つかっていません」

この世の出来事とは思えない現状に絶句しかない。

担架で遺体を移動している様子が淡々と画像に報道される。何という出来事か、一瞬のうちに愛する家族を失った方の心を察すると、言葉を失い、涙が溢れる。

被災された方にとって必要な事は、食べ物のほかに多くあると思う、中でも、精神的な支えが不可欠だ。希望で包まなければ生き 続けることも萎えるだろう。安堵できる環境を備えることを早急に最優先にしなければならない。こうやって、独り言でぶつぶつ 言うだけで何ら役に立ってない自分が情けない、歯がゆい、他人に何がわかるというのか。

「頑張ってください、と慰められても、一層、悲しみが深まるばかりです」。と被災者が漏らした、その言葉は重い。私たちは、その言葉を深く受け止めなければならない。何と辛く悲しい発信だろう。

一日も早く平安が訪れますように、祈るばかり。


#2024年秋号