「まごころケアサービス」を設立してから40年あまり。振り返ると「介護」という言葉も一般的でなかった時代。独居で困難を抱えた高齢者の出会いから、自宅へ手助けに出向いたことから始まった。定期的に通うようになってしばらくして、組織化が不可欠だと高松市ホームへルバーの有志に呼びかけて歩みを開始した。無名な活動はやがて「孫子・老(まごころ)ケ「アサービス」と命名されて本格的に出発した。
数年を経て「まごころケアハウス」という居場所を開設。支援する人と享受する人の区別ない空間は、障害のある子供や高齢者。あるいは認知症のお年寄り、学校へ通えない引きこもりの子供を抱えた親子らが安堵の時を過ごすこととなった。
政府は、時代の要請によって介護事業の新メニューを示し続けた。ケアハウス、有料老人ホーム、ディサービス、E型、グループホーム、ショート、サービス付き、介護付き、等々、多くのメニューが出された。が、今でも住民はその内容について十分理解しているとは言いがたい。古い歴史を呈する養護老人ホーム(養老院)という収容ケア施設が貧困対策とし現存しているが、この施設への入居は近隣に知られないよう隠れて入った。親の面倒は家で看取るのが当たり前の時代だったため、養老院への入居は親を捨てるという意味だった。平成12年、介護保険制度を皆保険として創設。高齢化を見据えて介護福祉政策は急速に変貌を遂げた。介護保険は必要なすべての国民へ支援の保障を約束される筈だった。
ここに至って、順調と思われた介護事業は倒産が相次ぎ、とりわけ訪問介護にいたっては、廃止または休止が過去最高。事業所が皆無に至った自治体が97町村、1か所のみの自治体が269か所という現実(23年12月厚労省が公表)。
さて、昨日まで2泊3日に高松で開催(R6、6、16~18)された全国大会でのこと、ホテルで夕食後の交流会は愛と忍耐と技術の理念に満ち溢れて笑いと涙の熱気に包まれた。問題提起及び解決の糸口探りの策など切れ目がない。口を揃えるのは「人手が足りない、ジェットコースターのようにスリル満点の日々の活動、どうやって乗り切るか」。つまり、政府へ実態報告。制度改革への発言、専門資源との協調など。店主に閉めますので、とせかされるまで議論は尽きることはない。
私たちは何を為すべきか。持続可能なシステムの再構築を急がなくてはならない。何時、何処で、誰が、どのような役割を担うか。地域のSOSに耳を傾け、知恵ある人、財がある人、体力がある人、それぞれの資源を寄せて、小さな見えないところでも言動を絶やさないことをわが心に刻んでおきたい。


#2024夏号